ファンタジーの境界 : 心とこころを響かせて

1/31の記事からの続きです。
今回も『量子もつれ　アインシュタイン　最後の謎』の番組を軸に書き進めます。

前回記事の末尾に記した「ホログラム宇宙論」。
その概略は以下のとおりです。

この宇宙は果てにある「表面」が実体であり、中にあるのはその表面から投影されたホログラムのようなものだという。

言葉だけではピンときませんが、番組内で表されていたグラフィックを見れば、そのままのイメージで理解できると思います。

それにしても、
―宇宙の果てが「実体」であり、中にあるのはホログラム―
ということは、我々の存在は・・・？

にわかに理解できるような概念ではありませんが、ユングの理論を思い出しながらあれこれ想像しつつ、一方で、分からないなりにも「納得」できる点もあり、むしろその点に心が弾みました。

ユングの著作を読んで理解していたイメージでは、少なくともミクロコスモス（小宇宙）の人のこころについては、逆の状態の印象を持っていましたが、そもそもマクロコスモス（大宇宙）との関連も含め「卵が先か鶏が先か」と考えれば、「捉え方によってはどちらとも言える」のではないかとも思いました。
（ヘーゲルの『精神現象学』を読んだ時の感覚も思い出しました）

前回記事に「ユングは＂無意識的なものはすべて投影される"と言った」ことを記しましたが、こころと物質（大宇宙も含まれます）について書かれた、心理学者のユングと、ノーベル物理学賞を受賞した物理学者ヴォルフガング・パウリの共著である、『自然現象と心の構造』という著作があります。

自然現象と心の構造: 非因果的連関の原理

W.パウリ

海鳴社

1976-01-01

“精神界と物質界の究極を探求した”両者が、“この世界を如何に認識するべきか”について論じられています。

「訳者あとがき」にはこのように書かれています。

フロイトと訣別して独自の特殊な心理学（略）へと走ったユングと、（略）現代理論物理学者として、量子力学の建設期に（略）大きな貢献を成し遂げたパウリとが、共通の問題意識をもっていた、ということだけでも、なかなか興味深い事実ではないか。
もっとも、現代物理学は、普通考えられているほど「科学的」でもなければ、「神秘的」でないこともない。
むしろ所謂古典力学と連続していると考えることの方が、困難かもしれないのだ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　【訳者　河合隼雄、村上陽一郎】

W・パウリについては、「解説」でこのように説明されています。

パウリの論考は、近代初期の天文学者ヨハネス・ケプラーの天文学や運動力学の底流を構成する概念枠組み、もしくは、さらにその深層に横たわって、それを支える無意識の構造を解明しようとするものである（後略）。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　【村上陽一郎】

前回記事で引用した『ユングにおける心と体験世界』の中でもこの共著が取り上げられ、ユングが執筆した「非因果的連関の原理としての共時性」部分の構成と内容についてまとめられています。

そのうちの一文です。

ユングは思想史の中に共時性の思想の先駆者たちを探究し、自らの思想の歴史上の対応物を見出している。
結局、老荘思想、また、西洋の神秘主義の大宇宙と小宇宙の照応関係の思想、広い意味での生気論的な思想などが、検討対象となっている。

ユングの基本的な前提は、まず第一に、因果律というものが―少なくとも量子力学レベルでは―統計的な真理でしかなく、厳密に機械論的な必然性をもたないことと、第二に、普遍妥当性を強調する理論は、例外的な事実の前に、実際上、効力を失わざるをえないことである。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　【渡辺　学】

因果律では説明のできない、「普遍妥当性」を証明できない、「例外的な事実」が起こり得ることについて、「心的現実」においては時間と空間が相対化される、とユングは言っています。
（このへんのイメージは、以前書いた記事で取り上げた映画『インターステラー』で、見事に表現されていると思います）

その「心的現実」とは、広義の意味においては「物理的現実」をも含むことであることについては、以下のとおりです。

意識がなければ実際、世界は存在しないだろう。
世界はこころによって意識の内に映し出されているからこそ、われわれにとって存在していると言える。
したがって、こころは一つの宇宙原理という威厳を備えており、哲学的にも、また実際上も物質的存在の原理と同等の地位にある。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　【C・G・ユング】『現在と未来』

何度もブログで取り上げた西田幾多郎の言葉です。

我々に最も直接である原始的事実は意識現象であって、物体現象ではない。
我々の身体もやはり自己の意識現象の一部にすぎない。

我々は意識現象と物体現象と二種の経験的事実があるように考えているが、その実はただ一種あるのみである。
即ち意識現象あるのみである。
物体現象というのはその中で各人に共通で不変的関係を有する者を抽象したのにすぎない。

我々の世界は意識現象の事実より組み立てられてある。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　『善の研究』

ちなみに、私が好きな夏目漱石もこのように言い残しています。

通俗の考えを離れて物我の世界を見た所では、物が自分から独立して現存しているという事もいえず、自分が物を離れて生存しているという事も申されない。
換言して見ると己を離れて物はない、また物を離れて己はないはずとなりますから、いわゆる物我なるものは契合一致しなければならん訳になります。
（略）だからただ明かに存在しているのは意識であります。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　『文芸の哲学的基礎』

パウリは、物理学者としての立場からこのように述べています。

現代物理学における相補性の考え方は、新しい型の綜合にあっては、昔から相対立すると考えられてきた概念（例えば粒子と波動）を応用した際に起ってくる矛盾が、単に外見的なものに過ぎないことを証明してくれている。
他方、ユングの心理学に古めかしい錬金術的な考え方が応用できるということは、物理学的な事象と心理学的な事象との間の一歩進んだ統一の可能性を指示している。
（略）われわれにとって受け容れることのできる唯一つの観点は、現実のもつ二つの側面の”双方”―定量的と定性的、物理的と心理的―を矛盾なく受け容れ、両者を同時に包含できるような種類のものであると考えられる。
　　　　　　　　　【1945年ノーベル物理学賞受賞　ヴォルフガング・パウリ】

この世は実は、われわれが常識で考えているよりずっと、リアルとファンタジーの境界が絶対的ではないのかもしれません。

ユングは、個人や民族や人類の体験内容や信仰内容―広い意味での想像活動の産物―を対象とする心理学を構築する。
（略）非日常的な経験のみならず、日常的経験においても、無意識的想像力の働きを無視することができないだけではなく、そもそも無意識的想像力が経験一般の可能根拠となっているからである。

「心は、日々現実を創造している。私はこの活動をファンタジ―（想像作用）という表現でしかあらわすことができない。」（ユング）

（略）われわれが体験している事実や現実の総体を産み出しているのが、まさしくファンタジーなのである。
心的原現象である創造的ファンタジ―が、われわれのすべての経験を構成している能動的な要因であると考えられる。
そして、経験はすべて、このような心的原現象によって構成されているかぎりにおいて、心的なものである。
したがって、「経験されているもの」は、ことごとく「心的存在」である。
　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　【渡辺　学】
　　　　　　　　　　　　　　　　　　