「書きたいな」と思いながら、既に2ヶ月ほどが経ってしまったのですが、
今日は、休日に子どもたちが見ていたあるテレビアニメを題材にしてみようと思います。

そのアニメとは、「ハートキャッチプリキュア」です。


私が興味をひかれた第37、38話の放送。

子どもたちにとってアニメゴールデンタイムの日曜の朝、
いつものように、家事をしながらチラリ見していた私のアンテナに、
37話の登場人物のセリフがどんどん響いてきて、
途中からはとうとう手を止め、子どもたちの横に座り、一緒に見入ってしまいました。


さて、ではその内容について触れていきます。

まずは第37話、タイトルは「強くなります!試練はプリキュア対プリキュア」
(このタイトルを見ただけでも、ピンと来る方がいるかもしれません・・・)

「プリキュア達は、さらなる力をつけるため、
乗り越えなければならない最後の厳しい試練に立ち向かう。
その試練とは、自分の“影”と戦うことだった。
そしてこの試練は、4人のプリキュアが、それぞれ一人ひとりで乗り越えなければならない。」

私が響いた内容とは、簡単にまとめるとこんな感じでした。


それまでの試練は、仲間と一緒に乗り越えてきたプリキュア達でしたが、
最後の試練はバラバラになって、4人別々の場所で、
「影の自分」と対決しなければなりません。

キュアムーンライトが、現われたもう一人の自分を前にして、
「最後の試練とは自分と戦うということ?」
と言うと、その目の前の自分は、
「ただの自分ではない。影の自分だ。」
「月に影があるように、心にも暗い影がある。それが影の私だ。」
と言いながら、襲ってきます。

その「影」たちは、彼女たちがそれぞれに抱えている、全く個人的な、
そして、本人たちが自分で持っているとは認めたくないネガティブな感情を、
そのままの形で言葉にしながら、戦いを挑んできます。

本人たちは、「それは以前感じていたこと。昔の私。」と反論するのですが、
影たちは、「いいえ、今も変わってないわ」と、その受け入れたくない自分を突き付けてきます。
その言葉に「ハッ」とするプリキュア達。


ここで少し話題を変えて、ユング心理学の重要概念である
「影(shadow)」について、触れてみたいと思います。

これは、ユングが提唱した多くの元型のひとつで、
個人の意識によって生きられていない、また認めたくないとしている、
そのひとの暗い部分のことです。

私たちの意識は、それが受け入れがたいと思うものを、
無意識下に抑圧しようとする傾向があります。

この影には、多くの人が共通に悪として感じる普遍的影もありますが、
一方、非常に個人的なものでもあります。

その個人が受け入れがたいと思うものが、“悪いこと”として排斥され、
自分の暗い半面として“影”となっていくわけです。

ですから、影は常に「悪」とは限らず、それを否定せずに、
自分の生きてゆくべきもう一つの面として同化させていくことで、
肯定的な意味をもってくるといわれています。


「分析」を受け始めると、
『ほとんどの人が、この影の問題にぶち当たる。』と、
河合隼雄先生も言われていますが、
私も教育分析を受けてきた中で、その影に(もちろんそれは夢の場面で)出会いました。

そして、分析を続けていくうちに、その影との仲も、だんだんと変化してくるのが分かります。

すると、外的な自分も少しずつ変わってきていることに、ある時、ふと気づかされるのです。


さて、このようにユング心理学の「影」を念頭に置いて、
プリキュア達の「影」との対決のストーリーを見ていくと、
個人的には非常におもしろいと感じました。

では、プリキュア達の対決のお話、その続きは、またにしたいと思います。

(日曜のアニメゴールデンタイム。
見逃した時のためにと、子どもにせがまれ、
仕方なく自動録画しているのですが、この度はそれが役立ちました。
イヤも、それが役立つことがあるのだと、について書きながら、ついつい感じてしまいました。)


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私のHPを紹介していただいている、「こころ相談.com」から、
先日インタビューのご依頼をいただき、今日お話しさせていただきました。

後日、コラムとして紹介されるとのことです。

今日のブログ記事の「影」とも関連する「投影(projection)」などについても語ったのですが、
どんな記事になるのか。
今から楽しみです。

掲載されたら、またブログ内でもお知らせします。


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