ブログup、1カ月以上も間が空いてしまいました・・・。
内的ワークに意識を向けていると、事がなかなか思いどおりに進まないこともありますが、無意識からのメッセージを受け入れ、それに従うためには、“委ねる”ことも必要なようです。
(“時の流れに身を任せ”の歌のタイトルではありませんが・・・)
あまりにも時間が経ってしまいましたが、尻切れトンボになるのもどうかと思うので、前回までの夢分析の続きを取り上げます。
夢で「悪魔に殺される」と表現されていたのは、自分の不要な焦りに気づかずに、(あくまでも)私の自我が作り上げていたやるべきことに取り組み続けていたら、何かしらの障害やダメージを受けますよ、という意味だったのです。
「悪魔に殺される」なんて、とっても恐ろしいイメージですが、もちろんこれは現実世界での本当の死を意味するわけではなく、でも何かしらの理由で「動けなくなって(死んで)」しまい、結局何も出来なくなったり、逆に厄介な負担を余計に背負い込むことになっていたのかもしれません。
でもやはり、この夢のイメージの恐ろしさからすると、(今は)そうするべきではないことに気づかないまま自分の意思を貫いていたら、かなり大きなダメージを受けていた可能性は大きいと思います。
現実に、既に家族全員が病気で動けなくなった経緯がありましたし、だから後で考えてみると、この一件は夢での意味を予告的に表わしていたのだとも思えました。
ちなみに、前回・今回の記事での(細かい)解釈は、あくまでも私自身がそのように捉えたという内容です。実際の分析ではここまでは掘り下げませんでした。分析家の佳代さんのバックアップを受けて、この夢をもっと詳細に扱ったならば、まだまだ私の気づかぬ意味が隠されているかもしれません。
(前回の記事で、“自己分析”と書きましたが、厳密に言うとこれは“私の自我による自己分析”ということになります)
※ユング派での「自己(self)」とは、「無意識と意識を包括したこころの全体像、また同時にその中心でもあるもの」を意味します。
「夢分析」の具体例をと思い、この悪魔の夢を取り上げたのですが、それはこの夢の解釈が比較的容易だと感じられたからです。(あくまでも私の主観として)
夢の意味するところは、その個人の背景に大きく左右されることはもちろんですが、また、その個人が全く知り得ない、たとえば古代からの神話だの、世界に多くあるおとぎ話だの、古今東西の様々な宗教的意義だのに関連する、深層心理学的に見た膨大な理論的知識に通じる内容も含まれている場合があるので、それらを知り得ていないと、夢が語っている大切な真相を見落としてしまうことになりかねません。
ユングですら、自分が見た夢の意味を、何年も経て、新たな知識を得たうえで、初めて理解したということがありました。
個人独自の背景と、夢の中で表された事物や出来事の象徴の意味の双方を理解した上で、やっと本物の解釈ができる(それでも“分からない”時すらあります)のですから、夢分析は簡単なものではありませんね。
でも、そんな夢の意味の一部でも理解することができれば、なおかつその意味をそのまま受け入れることができれば、その夢を見た個人に与える影響は大きいでしょう。
夢の主要な機能の一つは、「予見」にあるのですから、私はこの夢の悪魔のおかげで、現実に起こる可能性があった災難を免れたのだと思っています。
夢分析を受け、夢日誌がたまっていく中で、過去に見た夢が現在に通じていると感じることは、実際によくあるんですよ。

内的ワークに意識を向けていると、事がなかなか思いどおりに進まないこともありますが、無意識からのメッセージを受け入れ、それに従うためには、“委ねる”ことも必要なようです。
(“時の流れに身を任せ”の歌のタイトルではありませんが・・・)
あまりにも時間が経ってしまいましたが、尻切れトンボになるのもどうかと思うので、前回までの夢分析の続きを取り上げます。
夢で「悪魔に殺される」と表現されていたのは、自分の不要な焦りに気づかずに、(あくまでも)私の自我が作り上げていたやるべきことに取り組み続けていたら、何かしらの障害やダメージを受けますよ、という意味だったのです。
「悪魔に殺される」なんて、とっても恐ろしいイメージですが、もちろんこれは現実世界での本当の死を意味するわけではなく、でも何かしらの理由で「動けなくなって(死んで)」しまい、結局何も出来なくなったり、逆に厄介な負担を余計に背負い込むことになっていたのかもしれません。
でもやはり、この夢のイメージの恐ろしさからすると、(今は)そうするべきではないことに気づかないまま自分の意思を貫いていたら、かなり大きなダメージを受けていた可能性は大きいと思います。
現実に、既に家族全員が病気で動けなくなった経緯がありましたし、だから後で考えてみると、この一件は夢での意味を予告的に表わしていたのだとも思えました。
ちなみに、前回・今回の記事での(細かい)解釈は、あくまでも私自身がそのように捉えたという内容です。実際の分析ではここまでは掘り下げませんでした。分析家の佳代さんのバックアップを受けて、この夢をもっと詳細に扱ったならば、まだまだ私の気づかぬ意味が隠されているかもしれません。
(前回の記事で、“自己分析”と書きましたが、厳密に言うとこれは“私の自我による自己分析”ということになります)
※ユング派での「自己(self)」とは、「無意識と意識を包括したこころの全体像、また同時にその中心でもあるもの」を意味します。
「夢分析」の具体例をと思い、この悪魔の夢を取り上げたのですが、それはこの夢の解釈が比較的容易だと感じられたからです。(あくまでも私の主観として)
夢の意味するところは、その個人の背景に大きく左右されることはもちろんですが、また、その個人が全く知り得ない、たとえば古代からの神話だの、世界に多くあるおとぎ話だの、古今東西の様々な宗教的意義だのに関連する、深層心理学的に見た膨大な理論的知識に通じる内容も含まれている場合があるので、それらを知り得ていないと、夢が語っている大切な真相を見落としてしまうことになりかねません。
ユングですら、自分が見た夢の意味を、何年も経て、新たな知識を得たうえで、初めて理解したということがありました。
個人独自の背景と、夢の中で表された事物や出来事の象徴の意味の双方を理解した上で、やっと本物の解釈ができる(それでも“分からない”時すらあります)のですから、夢分析は簡単なものではありませんね。
でも、そんな夢の意味の一部でも理解することができれば、なおかつその意味をそのまま受け入れることができれば、その夢を見た個人に与える影響は大きいでしょう。
夢の主要な機能の一つは、「予見」にあるのですから、私はこの夢の悪魔のおかげで、現実に起こる可能性があった災難を免れたのだと思っています。
夢分析を受け、夢日誌がたまっていく中で、過去に見た夢が現在に通じていると感じることは、実際によくあるんですよ。
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