心とこころを響かせて

ユング派の教育分析を受けるカウンセラーが、ユング心理学などをベースに「こころ」や「自己実現」などについて、自分の考えや思いを書き綴っています。

プライベート

一番生きている「私」


焼き鳥で乾杯!(実際の写真でありません)


1カ月ほど前、十何年ぶりに昔の仲間と再会しました。
その仲間とは、私がまだ若かった時分に勤めていた職場の同僚で、
当時はよく飲みに行ったり(ホント、よく行った・・・)遊んだりして、
今考えると本当に楽しい時間を一緒に過ごした、気の置けない友人たちです。

みんなでワイワイやっていた数年後には、それぞれが自分たちの道を進むことに
なりましたが、職場で会うことがなくなっても、お互いの結婚式に出席したり(もちろん私の式にも参列してくれました)と、何かの節目には顔を合わせていました。

しかし、それもだんだんとなくなり、一部の友人を除いては、
ここ何年かは年賀状のやりとりだけになっていたのですが、
急遽、「飲みに行こう!」という話が持ち上がり、
トントントンと事が進んで、この度の再会となったのでした。


久しぶりのご対面。
「みんな、どんな感じになっているのかな」と、会う前は内心、少しそわそわしていましたが、実際に顔を合わせてみると、長い時が瞬く間に遡りました。

「相変わらず!」
「みんな変わってない!」
その一言に尽きました。

そして気づくと、昔の感覚のままで、飲んで食べておしゃべりして、
楽しんでいる私がそこに居て、多分それは、みんなも同じだったと思います。

また、色々と話し込んでいくうちに、お互い、それぞれに大きな出来事を経験し、
この会わなかった長い時を、決して順風満帆に過ごしてきたわけでは
ないこともよく分かりました。


そのような濃密な数時間を過ごし、みんなと別れて家路につく私の胸には、
色んな思いが交錯していました。

何より強かったのは、「人って、何年たっても変わらないものだなー」
という実感でした。
話すテンポやその口調、相手への気遣い方、優しさやユーモア。話し役と聞き役。
そんないわゆる“外側の人格”は、みんな昔とちっとも変わってないような気がしました。

そして、河合隼雄先生が、
「人が変わるということ、人格が変化するということは、並大抵のことではない」
というようなことを、何かの著書で書かれていたことを思い出し、
「この世で一番生きている主人格の“私”」について、頭の中でぐるぐると渦巻くものがありました。

友人たちも、いわゆる外側から受ける印象は、昔と全く変わっていませんでしたが、長い年月の間には、様々な経験をし、置かれている立場も変わり、確実にそこに“変化”はあったわけです。
でも、それぞれのキャラクターはやっぱり、変わっていない感じがした・・・。

その各々の“私”(自我)は、確かに、簡単に変わってしまうような軟弱なものであってはならないし、だからこそ、その“私”が変化していくという意味とその困難さについて、自分のことも省みながら、改めて考えさせられました。

また、私が感じ取れなかっただけで、内面的には大きく変わっていた友人も実際にはいたのかもしれません。
自我という主人格の自分が変わるということも含めて、その見える人格と見えない内面(こころ)を持つ「人」の深遠さというものを、久しぶりに会った友人たちを通して、実感を伴った何かとして、突き付けられたような気さえしました。


この現実世界で“一番生きている”主人格の「私」。
この「私」に決定的な変化をもたらすことは、やはりとんでもなくスゴイことなのかもしれません。
けれど、夢に出てくる色々な私たちも、無意識内には確実に存在しているわけですから、その様々な自分を、「私」として出来得る限り生かすこと。
た易いことではありませんが、それに取り組むことは人生に大きな意味づけを与えるものであり、その意味を実感できるようになると、外的な苦難に負けない強さを確実に「私」にもたらしてくれるようになります。


何年ものあいだ、年賀状では「今年こそ会おうね!」とお互い記しつつ、正直なところ、それが社交辞令の挨拶と変わってしまっていたにも関わらず、今年、スイッチが入ったかのようにあっという間に実現化したこと。
この度の再会は、多分、私の色々な“場所”において意味あることだったように思われます。

それにしても、今の私はみんなにどんなふうに映って見えたのでしょう。
私も何も変わってないように見えたのかもしれません・・・(笑)


○●○●○●○●○
分析を受け始めてこの数年の間、今日の記事の再会のほかに、もっと時間を遡る中学生時代の同級生たちとの再会もありました。そして、それに付随する新たな出来事も起こりました。
内的世界で色々と動き始めると、外的にも確実に動きが現われます。
ユング心理学で、布置であり共時性といわれるものを感じずにはいられません。


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地下世界へ(夢分析)


Kaedra_picture185./Magalie A.


ひと月ぶりのブログ更新です・・・。


前回の記事で、

「分析を受けることは、私が意識する以前から既に決まっていたように思われるからです。
(その夢については、また後日ご紹介したいと思います。)」

と記しましたので、今日は、その夢について書いていきたいと思います。


私は夢分析を受ける少し前にも、今でも記憶に残っているような、印象的な夢をいくつか見ていました。

その中に、(名づけて)「RPGの夢」というものがありました。

*****

私は夜、テレビ画面の明かりだけが付いている暗い部屋で、その画面の前に座っていた。

テレビにはゲーム機が接続されていて、今から、あるRPGを始めなければならなかった。

それは全編がダンジョンのゲームで、しかも相当長いものらしい。

暗い雰囲気、時間がかかる、ということから、楽しんでゲームを始めるというよりは、

「大変そうだな」という重圧感のような気持ちのほうが大きかったが、でもやはり、

それは“しなければならないこと”と決まっているようだったので、

私も始めることに関しては何の迷いもなく、淡々と取りかかろうとしていた。

ただ、他にもやるべきことが色々とあるようで、

「ゲームにばかり集中しているわけにもいかないし」と、どうバランスをとってやっていこうかと、

その戸惑いのほうが大きかった。

*****


この夢を見た時には、もちろんその意味など分かるはずもなく・・・、というより、

そんなことまだ考えてもいませんでした。

でも分析を受け始めてかなり経った頃、ふとこの夢を思い出し、

「面白いなー」と、しみじみと感じ入ったわけです。


・夜、ダンジョン(夢ではまさしく“地下迷路”のイメージ)→無意識

・RPG→無意識への旅(冒険)

だとすると、私が「夢分析を受けること」はどうも、

私の内的世界では現実でそれが始まる以前に既に決まっていたのだなと、

そう思えたのです。


確かに、「分析」というこころの未知の領域へ足を踏み出すことは、「RPG」そのものの気がします。

主人公はプレーヤーという自分一人。

途中で仲間に出会うこともあれば、恐ろしいモンスターが出てくるかもしれない。

迷路に迷って立ち往生することもあるかもしれない。

でも、思いがけず宝を見つけることだってあるかもしれない。

そして、そんな中をくぐり抜けていく過程で、少しずつ成長していけるはず。

(まだまだ途上なので希望を込めて。
最悪、リタイアだってありえるわけですがそれはあまり考えたくない・・・(笑))

楽しいこともあれば苦しいこともある、本当に“ハラハラドキドキ”の「冒険」のような気がします。

しかもそのRPGが全編ダンジョンだなんて、言いかえるとそのまま、

“無意識への冒険”と訳せるなと、夢が用いた表現には、

その意味が自分の中でストンと納得がいった場合には、いつもつくづく感心させられます。


また、夢の中で“私”が感じていた気持ちも、今になって振り返ればまさに全て合点がいきます。

無意識という内的世界と意識という現実世界の、両方に足をかけている状態は、

思ったほど楽ではありませんし(あくまでも私の場合はですが)、

確かに、あちら(ダンジョンRPG)ばかりに気をとられているわけにもいきません。

日々、実際に生きているのは、現実の世界なのですから。

そして、重圧を感じながらも、「やらなければならないこと」と捉えていたことについては、

“冒険(ゲーム)”への心の準備もそれなりにできていたのかなとも思えました。

もちろん、その時の意識の私は全く気付いていませんでしたが・・・。


その他にも、分析開始前に見たいくつかの夢、

そして以前ブログに書いた二つの夢(※どちらも分析開始前後に見たもの)を振り返ると、

やはりダンジョンRPGを始めること自体は、私の意思云々ではなく、

どうも決まっていたように感じます。

(※1 
どしゃぶりの雨  ※2 夢の中の“広大な海” )



自分のこころの未知なる領域への冒険は、決して誰にも代わりを任せる事は出来ません。

サポーターの存在はとても大きいですが、プレーヤーはやはり“自分”です。

そして、ゲームは始めない限り、そこにある新しいストーリーにも出会うことはできません。

“その時”がやってきているのであれば、多分無意識が冒険の準備は整えてくれるはずです。

私の夢の中では、既にゲーム機はテレビにセットされていました。

そして現実には、その後分析家の佳代先生に出会ったのです。


夢分析であれ、カウンセリングであれ、自分のこころの内側に向かうこと。

もし準備が整っているのであれば、

あとは“ゲーム”を始めるのも、続けるのも、休むのも、止めてしまうのも、

全てはプレーヤー次第ですね。


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「タイ」の意味 (夢分析)


Thailand National Flag /
Dennis Wong


7月に夢分析についての記事を書いてから、「何か良い事例を・・・」と、

頭のどこかで考えながら日々に追われるうちに、瞬く間に9月も半ばとなってしまいました。

ということで今日は、私が分析を受け始めた初期の、ある夢について書いてみたいと思います。


ユング心理学について、体験と学びを続ける中で、

自分の夢を公にすることの意味についての理解が深まるほど、

“実行”への勇気が必要にはなってきましたが、今日取り上げる夢については、

今の私にとっても、改めて自身への自覚を促すことになる気がしています。

そして何より、夢分析に興味のある方にとっては、

面白い事例のひとつになるのではないかとも思われます。



*****

(前略)

するとそこで、○○の小学生時代の友達Aに会った。

(中略)

その後、(Aに)「私はこれからタイで国際交流の新しい仕事を立ち上げようと思ってるんだけど、
手伝ってくれない?」と言われ、

「私も実は今から新しい仕事をしようと思ってるんだけど、あなたの仕事にも興味があるから、
是非手伝わせて」と(私は)答えた。

ただ、「タイか。もしタイに行かなければならないのなら無理かな。
日本にいて手伝えることがあればいいんだけど」と、(私は)考えていた。

*****


当時(もう数年前)、この夢については分析家の佳代先生とは扱いませんでした。

セッション時には、他の夢について話し合ったため、この夢を取り扱う時間がなかったからです。

だから、その時の私は、「何で“タイ”が出てきたんだろう?」ぐらいにしか思ってなかったのです。

そして、それから大分時が経ったある時期、自分の夢日誌を読み返していた中で、この夢に目を通し、

ふと、「タイは “対”?」とひらめいたのです。

そしてすぐに、「“タイアップ”(のタイ?)」という言葉も頭に浮かんできました。

そう考え始めると、この夢の意味が、自分なりに“しっくりと”理解が出来たのです。


まず、多くの人に共通するパターンとして、

夢に出てくる「外国」は、しばしば「無意識」を象徴しています。

日本は海に囲まれていますが、この海自体、以前のブログにも書いたとおり、

無意識の象徴として、夢やイメージにはよく登場します。

(海、湖、川、泉・・・など、“水”自体が、そもそも無意識を表す事例が多いのです。

ちなみに私の夢では、無意識を表すイメージで「洗濯機」が登場してきたこともあります。)

だから、日本から見た外国とは、海を隔てた向こうの世界、「無意識」の領域というわけです。


外国である「タイ」で、「国際交流の新しい仕事を立ちあげるから手伝ってくれない?」というのは、

「こちら(無意識)はその用意が出来ているよ。

これから、自我と無意識で、対(タイ)しながら、タイアップ(協力)しながら、

こころ全体に関するワーク(国際交流)をしていかないか?」という、

無意識から私(自我)へのメッセージだったのではと、そう解釈できたのです。

なんだか自分なりにストンと腑に落ちたのです。


ここで、補足の意味で書き添えますが、ユング心理学でいうところの個性化とは、

「無意識と意識を含めた心の全体性の実現を目指す」 そのプロセスのことを意味します。

そして、ユング派の教育分析(夢分析)を受けるということは、言ってみれば、

この個性化への道を差すわけですから、今日ご紹介した【タイの夢】は、

分析を受け始めたばかりの当時の私の現実と、やはりリンクしているような気がします。


さて、そのように無意識が投げかけてくれたメッセージに対して、夢の中の私は、

「あなたの仕事にも興味があるから、是非手伝わせて」 と、受け入れていました。

「自分で気づけていない心の領域でも、それなりに、一定の心構えができていたのかな」と、

Yesと答えられていた自分に、後からではありますが少しホッとしました。

ちなみにその前に、「私も実は今から新しい仕事をしようと思ってるんだけど」と、

夢では語っていましたが、この部分は、自我の私の状態を表していたと思います。

現実にその当時、私は新しい事を始めようと考えていました。

このあたりは、現実と内的な部分が混じり合って、夢で表現されていたようです。


そして最後の部分。

夢の中の私はあくまでも日本に留まり、タイに渡るつもりは全くありませんでした。

ここも当時の私の現実が反映されていたのですが、まだ小さく手がかかる双子を抱えていながら、

とてもタイまで行くなんて無理だと、夢では思っていたのです。

友人A(無意識)に Yes とは言ったものの、タイに行く気は全くなかったのです。

このあたり、良いように解釈すれば、

「自我の私の立場をきちんと守りつつ、でも、お手伝いはしますよ。」

と、協力はするけど、無意識に完全に飛び込んでいくような無謀なことはしないという、

慎重さを保てていたのかとも思われます。

また一方の見方では、

「お手伝いしますよ、と言いつつも、まだその仕事を本気でやっていく覚悟が出来ていない。」

とも取れます。

まだまだ、自我(日本)を手放す気にはなっていない。海の向こうの世界のことを本気で考えていない。

ということだったのかもしれません。

確かに今振り返ると、その時はまだ、夢(無意識)に目を向けるということがどういうことなのか、

よく自覚していなかったような気がします。

数年分析を受けてきた今では、無意識に向き合うためには、

決意というか、覚悟というか、とにかく「本気」にならなければいけない。

無意識とはそれだけの存在であり、生半可な気持ちで対峙できるような相手ではないし、

畏敬の念を持って臨むべきだと強く感じていますが、

分析を受け始めたころは、まだそんな気持ちもなく、どこかフワフワしていたと思います。

(そう、だから後になって、「タイ」の意味が分かったのかもしれません。

「対決」のタイだとも思ったのです。

無意識との関係は、“お手々つないで仲良く”というような雰囲気でもないわけですから)


最後に、無意識のメッセージとして表れた友人Aですが、彼女は小学生時代の実在の人物でした。

なぜ、小学生時代の友人なのか、このへんも自分なりには思うところがあるのですが、

そこはとても簡単には説明しきれない個人的な背景なので省くとして、

でも、何人もいるクラスメートの中で、Aが出てきたことにもどうもきちんと意味があったようです。

Aとは決して仲良しだったわけではなく、どちらかというと自分とは合わないタイプで、

小学生時代、ほとんど接点のないただのクラスメートという間柄でした。

私から見ると、彼女は何を考えているのか分からないというイメージで、

自分とはかなり違うキャラクターだったのですが、

ではなぜ、密に接していた仲良しの友人たちではなく、Aが夢に出てきたのか。


「分からない」相手であるAだからこそ、

「これから一緒に新しい仕事をやっていこう」と、その姿を借りて登場してきたのだと思います。

無意識にある自分の未知な部分。

そこを理解して統合していくことこそ、自分がこれからやっていくべき、

「国際交流」という表現で示された、私の“こころ”という全世界を扱う仕事であり、

それまで距離のあったAとも親しくなっていかなければならない、

そんな相手として彼女が出てきたのだと自分なりに納得が出来ました。


以上、私が自分の【タイの夢】について、ざっと大まかに解釈した内容です。

文章にするとたった数行の夢でも、これだけ様々な意味を含んでいる。

「夢」(無意識からのメッセージ)とはそういうものだと、つくづく頭が下がる思いがします。

ただし、この夢の意味を捉えた背景には、他の夢との関連やその後の現実の自分の状況なども、

かなり影響しています。

夢の意味を理解するには、その一連の流れを始め外的な事柄、

そして何よりその人自身のバックグラウンドなどなど、

色んな要素を加味して探っていかなければ、到底分かるものではないと思います。

稀に、単発的に夢が何かを語っていたと思われることもありますが、

少なくとも私の経験では、それは集合的な事象についてでした。


今日の夢分析の内容については、私が今までに分析を受けた経験から、

自分の夢について自由に解釈したものです。

自身の分析家である藤南佳代先生にお聞きすれば、もっと深い解釈をいただけるだろうと思います。

夢というものは、自分一人で理解するには限界がありますし、場合によっては危険さえ伴います。

でもそんな一筋縄ではいかない相手だからこそ、そこに向き合う意味は大きいと思うのです。

現実的にも、意味の「効果」は実感しているんですよ・・・。


それにしても、「タイ」が“対”とか“タイアップ”だなんて・・・。

そう思われた方もいるかもしれません。

でも意外と夢って、このような「言葉遊び」的な表現で、色々と教えてくれていると思います。

なかなか、ユーモアがあって素敵だと思いませんか?

「すごいなー。こんな表現で伝えてくれるんだ。」と思わず感心してしまうこと、少なくはないんですよ。



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春日大社

今日はプライベートな話題です。


先日、家族で奈良へ行ってきました。

「なぜ奈良に?」ということについては、去年のブログを見ていただければと思いますが、

実は今回、子供の一人が出発前夜に高熱を出してしまい、

予定していた日程を中止せざるを得ないと、一度は諦めていました。


でも、一夜明けてみると熱もすっかり下がり、すこぶる元気な様子。

「あれ、大丈夫なの?」ということで、夫婦で迷った挙句、「予定してたんだし行ってしまおう!」と、

決行することにしました。

そんなこんなで出足は遅れてしまいましたが、マイカーでいざ出発

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道中、吉備SAで休憩。

何やら看板を見つめながら、語り合うツインズ。








奈良へ到着したころには既に日暮れ時

その日はとりあえず休み、翌日に目的地へ。

用事を済ませた後、時間の余裕を考慮して、今年は「春日大社」に行ってみることにしました。


私は子供の時分、奈良を始めとする近畿地方で暮らしていたため、

奈良公園には何度か足を運んだことがあり、

東大寺や興福寺には数回(大人になってからも)行ったことがありますが、

春日大社に参拝した記憶がありませんでした。

そういうわけで「世界遺産の春日大社とは」と期待しながら向かったのでした。

でも、駐車場に着いてみると、子どもたちは車中でぐっすりお昼寝中

ここまで来て引き返せないと親の都合で起こしたものの、“グズグズな出だし”となってしまいました


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でも、「西回廊」を歩くころには、

二人の機嫌も何とか収まっていました。

 
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 「砂ずりの藤

 まだ花が咲く気配は

 全く感じられませんでしたが、

 あと数週間で見事に

 咲き誇るのでしょうか・・・?

   






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 「中門・御廊
 
 写真が小さくて見えにくいですが、

 結婚式が執り行われていました。
 
 白無垢の花嫁さんが綺麗でした。

 別の場所で、他にも一組結婚式の

 カップルを見かけましたし、

 お宮参りをしているご家族も数組いました。

 おめでたい光景があちらこちらに。


          
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             「南門」から見た「幣殿・舞殿
  
             何処も彼処も、重要文化財。
             














          

神社、寺院、美術館などなど・・・。

小さな子供がいるとじっくり見物するのはなかなか難しいですが、

大人にも子供にも良い思い出になりました。

またいつかゆっくりと参拝できればと思います。(今度は宝物殿も!)


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蜂ヶ峯総合公園

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今日はプライベートな話題です。

先週土曜日に、山口県の『蜂ヶ峯総合公園』に家族で遊びに行ってきました。


3月に、岩国での出張カウンセリングの予定が入っているので、場所の下見も兼ねて、

岩国近郊で子供たちが思い切り遊べるようなところはないかと探して行ってみたのですが、

想像以上に大きな公園で、飽きることなく楽しめました。


到着してすぐに、『子供広場』の近くでまずは腹ごしらえ

お腹が満たされると、子どもたちは早速、遊具に向かって走って行きました

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『子供広場』の周りには飛行機やポニーもいて、

そして道路を挟んだ向かい側には大きな原っぱもあるので、

この場所だけでも、十分楽しめます。


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遠くには山も見渡せて、気分も晴れ晴れ。

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子どもたちは、ここでまだまだ遊べる様子だったのですが、事前リサーチしたときに、

公園内に「恐竜のオブジェ」があるようだという情報を掴んでいたので、

早速行ってみることに・・・。


道中には、『ミニ動物園』があり、うさぎやお猿さんにも会うことができました。

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そして、『恐竜の森』入り口に到着。

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 (看板が興味をそそります・・・) 



まず、キャンプ場が出てきました。

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ちなみに、後で立ち寄った管理棟で係の人に聞いたところ、泊キャンプは6月から解禁とのことでした。

デイキャンプは現在でも受け付けているそうです。



キャンプ場を過ぎて、斜面を上がっていくと、出てきました!

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(かなり大きなオブジェです)

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 “食べられちゃったよー!”


  



そして、更に高台には、観覧車も回っていました。

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ここまで結構歩いてきたので、「そろそろのどが渇いたね」と、

その後管理棟に立ち寄り、水分補給してからは、近くのグランドでボール遊びをしました。

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グランドもかなり広くて、

みなさんそれぞれに楽しんでいました。

(写真には写っていませんが









時間がなくて今回はできませんでしたが、

他にも『ローラーすべり台』という長ーい滑り台や、『バッテリーカー』もありました。

これからの時期、春を満喫できる自然たっぷりのお勧め公園です。

野外で良い空気を吸うだけでも、何だか元気になれますね



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出雲大社神在祭

先週の土曜日、日帰りで出雲大社の神在祭に行ってきました。

ここ数年は毎年、神在祭に家族で詣でているのですが、日帰りは今年が初めて。

昨年までは、前泊して朝から参拝していたせいか、休日でもそれほど人が混んでおらず、
比較的ゆっくりと参拝できていたのですが、今回、土曜のお昼に到着してみると、人、人、人の波!

拝殿、本殿はもちろんのこと、手水場、境内外の摂末社(せつまつしゃ)にも
ずらりと行列ができていて、どうしようかと、一瞬途方に暮れてしまいました・・・。


(まだまだ後ろに長い行列が続いています)
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でも少し考えてみれば、日本全国の神さまが集まる由緒ある神在祭に、
多くの参拝客が訪れるのは当たり前?のことで、
「考え甘かったねー」と、スケジュール自体に問題ありとちょっぴり後悔。

ツインズがいくつもの行列に耐えられるはずもなく、主要なところだけは頑張ってもらい、
母は後ろ髪を引かれる思いで、来年のスケジュール調整を既に頭の中で考えながら、
境内を後にしました。

“縁結び”で有名なだけあって、若い女性グループも多く訪れていました。
嬉しそうな笑顔で、購入したお札を大事そうに持っておしゃべりしている姿が、とても印象的でした。
良縁に恵まれればいいですね・・・。


(境内のご神域は、森厳さを醸し出していました)
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出雲大社を後にして、次に向かったのは日御碕灯台。

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今までに、日御碕神社(こちらも霊験あらたかな神社です)までは行ったことがあったのですが、
灯台まで足を延ばすことがなかなか出来ずにいたので、今回は灯台へ向かって直行。


駐車場から灯台までの道は、風情ある漁師町といった趣で、
子どもたちも物珍しそうに眺めていました。

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「日御碕灯台」到着。

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そして、灯台内へ。
「どこまで続くの?」といった感じの、急で幅狭いらせん階段をひたすら上り、
やっと天辺にたどり着きました。

ちなみにツインズの一人は、足元の抜けた急な階段が途中で恐くなってしまい、
お父さんに抱っこしてもらう始末。
片や相方は、一人でどんどん上がってしまうので、親の方がヒヤヒヤ・・・。


でも、そうして上がった灯台からの景色は最高でした。

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灯台から張り出した回廊には、ぐるりと高い柵があるのでまず落ちることはないのですが、
でもやはり足元を見ると、その高さに少しゾクリ。
参観者の中には、せっかく上がってきたのに回廊に踏み出せず、
中で連れが帰ってくるのを待っている方もいました。

景色を楽しんだ後には、「下りる」という一仕事が。
上部の階段の勾配は特に急なので、子どもたちはそれぞれ親が抱っこして下りました。
途中からは、靴下を脱がして自分で下ろさせましたが(内部は土足禁止)、
とにかく予想外に“階段”が大変でした。(後日、母は筋肉痛に・・・)
でもまあ、それも良い思い出かな。


そして、夕暮れ時の海岸線を走りながら、帰路につきました・・・。

(浜辺と夕日のコントラスト、キレイです)
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夢分析を受けていると・・・


Under the sea / 

 ・・・前回記事から、かなり間が空いてしまいました。

私はユング派の教育分析(夢分析)を受けていますが、自分の無意識に意識を向けることは、
実はかなりの量の心的エネルギーを使います。
心的エネルギーは一定なので、その分、他に向けるエネルギーが足りなくなることもあります。
(これは“実感”としても確かに・・・)

でも、私は今どこに“エネルギー“を注ぐべきかも、夢などを通して無意識が教えてくれるので、
今は、出来得る限りそれに従っている状態です。


ちなみに、日本人でユング派分析家第一号となられた、河合隼雄さんも、
自伝で次のように書かれているので、少しご紹介しておきます。


(スイスのユング研究所に入り)
「初めは分析を受けるのに専念しているわけで、外的な刺激はなんにもないのです。
自分の子どもと遊ぶだけですから。
それで週二回、多い時には三回分析を受けていました。

それでも、初めはなんかよう疲れました。
日本にいるときに比べたら走り回っているわけでも仕事しているわけでもないのに、
なんで疲れるんやろう言うたら、分析家のマイヤーから、
『おまえは週に二回も分析を受けているではないか』 と言われました。

ですから、分析を受けるということは、初めのうちはそうとうエネルギーを必要とするもんやと思います。
それはすごい集中でしたから。」

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私の場合、数年分析を受けていて感じることは、「分析を受け始めた時」だけではなく、
その時々に応じて、無意識が必要とするエネルギー量が違うような気がしています。

というか、無意識に集中して向き合うべきときには、
自ずとそこに流れ込むエネルギーが大きくなるわけです。

ですから、すごく疲れてひたすら眠くなる時期と、外的なことと並行しながら、
そこそこ何とか(内的なことも)やっていけるときがあります。


そうそう、とても“疲れやすく”なっているときに、私はこんな夢を見たこともあります。

「(一部抜粋)
 私の眼前には、大きな黒いコンクリートの壁が立ちはだかっていて、
 壁の上には敷布団が掛けてあった。                       」

この夢の全体の解釈はここではお伝えできませんが、でもこの夢のメッセージを受け取り、
その後、眠くなったときには可能な限り素直に寝るようにしました。


現実的に色々とやることがあるのに、睡眠に時間を割くなんてひどくもったいない気がして、
“あがいた”時もありましたが、でも結局、無意識には逆らえない場合が多いのです。

そして例え逆らってみても、大抵は無駄な努力だったり、どちらにしても良いことにはならないようです。
(でも、「必ず」ではないわけで、だから“自我”も大切なのですが)


やっぱり“自我”は、無意識と比べたら、
「ちっぽけなもの(でもそれは間違いなく必要でとても大切なのですが)なのかな・・・」
なんて感じたりもしています。

無意識、無意識と書かれても、ピンとこない方も多分いらっしゃいますね。
そんな方はここでは、「運命」と読み替えていただいてもいいかもしれません。
(確かに、私たち個々の運命を握っているのは、意識ではなく無意識のほうですから・・・)


あと、書きながら思いだしましたが、前述の河合先生と作家の吉本ばななさんが以前対談され、
その本が出版されていますが、その中で、吉本ばななさんが学生の時に、
「眠くて眠くてしかたがなかった」というお話をされていました。

それに対して河合先生は、
「『三年寝太郎』の昔話がありますよね」
と言われていましたが、なかなか興味深いお話でした。
(寝太郎は、ぐうたら寝てばかりいた後で、ある時期になると突然起き始めて、“事”を始めます。
これを心理学的に解釈すると・・・というお話は、河合先生が他の著書でも取り上げています。)


河合先生も大好きだという「寝太郎」のテーマでも、いつかブログを書きたいなと思います。
(こんな更新頻度の私ですから、話半分に聞いておいてください・・・)


今日は、「共時性2」の記事を書こうと思っていたのに、またとんだ脱線をしてしまいました。
しかも、とても主観的内容&記述で・・・。
(って、ブログだからいいのかな)



「自分の無意識に向き合うこと」、そして「聴く」という仕事・・・。

この二つは、相当な心的エネルギーを使うものです。
そしてどちらも、決して中途半端には出来ないものでもあります。

(「共時性2」はまた後日・・・)


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秋キャンプ

今日はプライベートな話題です。

連休の初日、岡山県の蒜山高原に行ってきました。
蒜山高原HP


蒜山には、前々から行ってみたいと思っていたのですが、今回ようやく“思いきる”ことができ、
家族で、dayキャンプグッズを車に積み込み、いざ出発

家を出る時刻が、予定よりかなりオーバーしていたので、着いたのは13時をまわってしまいましたが、
無事、目的地である“蒜山高原キャンプ場”に到着しました。


  蒜山キャンプ場1    111 133
  (早速、キャンプ場の『みんなの原っぱ』を駆け回るツインズ)


大きな木陰の下で、デイキャンプのメインイベント、(遅い)ランチを摂ることにしました。

  111 134
  (この木陰。持参していたタープを張る必要もなく、しっかりとランチタイムの家族を、
   日差しから守ってくれました。大助かり!)


ランチは、家でこしらえた、おむすびとサンドイッチ、そして数種のおかず。
そして、この日はバーベキューをする時間は取れないだろうと、事前に夫婦で話し合い、
キャンプ場では、“豚汁”を作る予定にしていました。

・・・ですが、我が家の男衆が広場で遊んでいる中、心地よい風に吹かれながら、
切って持参していた具材を入れ、ぐつぐつと煮ている鍋をぼんやりと眺めているときに、
肝心なものを忘れていたことに気づきました。

「あっ、お味噌!」

よりによって、豚汁には欠かせないものを・・・。

(どうしよう、“味なし豚汁”を食べることになるのか?)
と思いつつ、主人に、管理センターにお味噌が売っていないか見てきてもらうことに。

すると、やはりさすがにお味噌は売ってなかったようですが、「お醤油」があったとのことで、
最悪の事態は回避できました

そんなドタバタもありつつ、でもやはり、外で食べる食事は、どんなものでも美味しく感じられました

(ドタバタ劇のせい?で、食事前のショットを撮るのを忘れてしまいました。
 何より、自分自身が残念・・・。)


  111 136
  (これは『炊事棟』。
   私たちが陣取った場所のすぐ近くにあり、何かと便利でした。
   ちなみに、手前の木陰は、上の写真の陰から続いています。)

  111 135
 (食事をしたテーブルからの眺め。
  まだ、張られているテントが少ないですが、この後、どんどん増えていました。)

さて、お腹も満たされ、気持ちよい空間で、もっとゆっくりとしていたかったのですが、
この日はあくまでもデイキャンプ。

そして、「牛さんを見に行こうね」と子供たちにも約束していたので、
時計を見ながら、そろそろキャンプ場は後にすることに・・・。

私たち家族以外は、ほとんど(いや、全員?)の方が、お泊りされるようで、
みなさん、大きなテントを張ったり、薪を割ったり、夜に向けての準備をされていました。
そして既に、テント内でゴロンと横になっているお父さんもいました。
子どもたちは、網で虫を取ったり、ボール遊びをしたり、みんなのびのびと楽しそうに遊んでいました。


そんな光景を横目で見ながら、キャンプ場を出て、次に向かった先は、
『ひるぜんジャージーランド』

ここも、何より自然が素晴らしくて、景色を眺めているだけで、
気持ちまで晴れ晴れとしてくるような素敵なところでした。

牧場では、遠くで、“ジャージー牛”が、固まってくつろいでいました。


  111 137     111 138

  
  111 139 (“牛、遠い〜” “この中、入っちゃダメ?”)→(“ダメ!”)


牛さんたちを見た後、『ビジターセンター』で、「ジャージー牛乳ソフト(350円)」に舌鼓を打ち、
今度は、『ひるぜんジャージーランド』に隣接する『蒜山ホースパーク』へ。

そろそろ夕暮れ時という時間帯だったのですが、乗馬を楽しんでいる方もいました。

厩の外には、4頭ほどの馬がつながれていて、係の人に体をキレイに洗ってもらっていました。
馬小屋に戻る準備をしていたようです。

でも、まだ数組の家族やカップルが見学していて、そんな中、我が家の子どもたちも興味深々で、
恐る恐る近づいて行きました。

そして、にんじんスティック(100円)を、怖々と、大きなお口へ・・・。
お馬さんの方が慣れていて、“引き気味”のにんじんを、口をのばして上手にパクリ!ボリボリッ!

  111 140
(“お馬さん、よしよし”。 慣れた後は、お鼻を撫でることもできました。)

私自身、馬に接したことは今までほとんどありませんが、
何て言うのか、「人とのつながりが深いだけのことはあるなー」と思えるような、
親近感というか、癒しのオーラというか、
美しい毛並みの馬たちを見ていると、
ほっこりと気持ちが温かくなるような気がしました。


こんな感じで、念願の蒜山での1日を終え、帰途につきました。

想像していたとおり、自然を満喫できる素晴らしいところで、子どもたちはもちろん、
帰宅後の夫婦も、「また行こう。今度は泊キャンプだ。」と、すっかり意気込んでしまいました。

蒜山高原は、他にも楽しめる施設や場所が色々とあるので、
本当は、長期滞在しながらゆっくりと過ごすのが良いようですね。

・・・現実は、なかなか厳しいですが、さて、今年の「秋キャンプ第2段」が決行されるか否か。
また、ブログでレポートできればなー、と思っています。


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セミの抜け殻




先週から、子どもたちが相次いで病気になってしまいました。
既に回復し、二人揃って登園できるようになりましたが、
今夏最後のプールに行く予定もながれてしまい、親としても少し残念でした。

それにしても、子どもたちが病気になる少し前、
「そういえばここ数カ月、2人とも特にこれといった病気もせずに平穏だよねー。
ああ、こんなこと言っててホントに(病気が)“来ちゃ”いけないから、この話はナシナシ!」
なんて、夫婦で冗談を言っていたのです。

そうしたら、やっぱり()“来て”しまいました(笑)

今思うと、夫婦で自然とそんな会話になったのも、もしかしたら“予兆”だったのかもしれません・・・。


さて、今日の本題です。

7月の下旬に、主人の実家に遊びに行った時、おじいちゃんに、
「面白いものが庭にあるからおいで」
と誘われ、私も子どもたちと一緒に見に行きました。

そこで私たちを待っていたものとは・・・、
“セミの抜け殻”  でした。

3体、完全な形で木の枝にくっついていたのです。

子どもたちは勿論のこと、私も“セミの抜け殻”を見たのは(しかもこんなに完全な状態で!)、
生まれて初めてのことでした。

「へぇ〜」と、
子どもたちと一緒に、私も物珍しく観察し、ツインズはそれぞれ一つずつもらって、家に帰りました。

セミの抜け殻
(この写真では分かりづらいですが、背中のくぼみは脱皮のあとです。)



そして、その晩、私は日課である(と言ってもその日課は、ツインズが良い子ですんなりと寝てくれる
日に限られるのですが・・・)就寝前の読書をしていました。

すると、その本の中に、このような箇所が出てきたのです。

「そして見捨てられたこの世の肉体は、蝉が脱ぎ捨てた殻のように、
ひからびたぬけがらとして後に残るだけである。」


この一文は、ユングが、自身の思想的立場を確立するのに大きな影響を与えた、
ドイツの中国学者、「リヒアルト・ヴィルヘルム」が書いたものであり、
ユングとヴィルヘルムの共著作として広く知られている、
「黄金の華の秘密」に記されています。

黄金の華の秘密黄金の華の秘密
著者:C.G. ユング
人文書院(2004-03)
おすすめ度:4.5
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る



私はこの本を、自分の読書タイムに少しずつ読み進めていたのですが、
本物のセミの抜け殻を生まれて初めて見たその日に、
ちょうど、前記の“一文”の箇所を読むことになったというこの事実が、
ただの偶然とは思えませんでした。

個人としては、「シンクロニシティ」であったと確信していますし、
だから少し(いえ、かなり)感動もしました。


このような出来事があったとき、それをどのように捉えるかは、その人それぞれだと思いますが、
例えば、“このような出来事”が、何度か繰り返し起こったとすると、
だんだん、それらを「ただの偶然」とは思えなくなってくるはずです。

そして、ユングはそれを“体験”したはずで、
そこから「シンクロニシティ」の概念を確立したのです。


ともあれ、「セミの抜け殻」は、
子どもたちだけではなく、私の目にも心にも、素敵な“夏の想い出”となりました



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パンづくり

パン教室1


今日はお料理の話題です。


友だちに誘われて、月に一度のパンづくり教室に通い始めました。

教室では、パンだけではなく、副食も一緒につくります。


今日のメニューは、

・黒ごまパン
・フルーツピザ
・夏野菜の冷製スープ
・きゅうりのキュウチャン

(トップの写真です)



出来上がったら、メンバー全員でいただくのですが、

今日は作り方がとっても簡単で、しかもとっても美味しかった

「きゅうりのキュウチャン」のレシピをご紹介します。


(材料)

きゅうり      1kg
しょう油      200ml
酢         100ml
砂糖       75g
みりん      25ml
針しょうが     1かけ分
塩コンブ     20g

(作り方)

1. きゅうりを刻んで塩をふり、洗って絞る。

2. 調味料を煮立てて、きゅうりを入れ、もう一度さっと煮たてる。

3. 火を止め、塩コンブ、針しょうがを入れて冷ます。


これだけです!

でも、本当に美味しくて、ごはんのお供にも、酒の肴にもピッタリ。

この時期にさっぱりといただけるおかずです。

興味のある方は、ぜひお試しを

(タイトルは「パンづくり」ですが、副食のご紹介となってしまいました


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