(今日も雨の一日かな・・・)

カウンセリングの場面で、クライエントさんから、

「私はどうすればよいのでしょうか?」 

 と、こちらの判断を求められることが少なからずあります。

それはもちろん、クライエントさんご自身に関わる事柄であり、

本来、カウンセラー側が「こうするのが良い」などと、決められることではありません。

でも、そう聞かずにはいられないほど、ご本人が何かに迷ったり悩んだりしているから、

カウンセリングを受けているとも言えるわけで、そのお気持ちは私にもよく分かります。

カウンセリングの難しさというものをつくづく感じる瞬間です。


ユング派分析家だった河合隼雄さんは、

「カウンセリングとは何もしないことを一生懸命すること」 であり、

「これが一番難しいのだ」

とも言われています。

何もしないとは言っても、本当にただ聴いているだけで何もしないという意味ではありません。

クライエントさんのお話、それがどんな話の内容であっても正面からきちんと受け止め、

深く共感しながら、なおかつ「何もしない」でいなければならない。

それは、カウンセラー自身がよほど腹が据わっていないと出来ることではない、ということが、

私も、カウンセラーとして実際のカウンセリングの場に身を置くようになってみて、

よく分かるようになってきました。


クライエントさんのお話に、カウンセラー側が動揺してしまっては話になりませんが、

でも、それが生じかねないような、とても深い背景を抱えておられる方も実際いらっしゃいます。

非常に重い、どんな内容のお話をうかがっても動じることなく、なおかつ「何もしない」でいられる。

そのためには、カウンセラー自身がまずは自分のこころに向き合わなければならないわけです。

自分のこころ(無意識も含め)の要素を理解し体験しておかなければ、どんな“こと”に

思わず情動的に反応してしまうか、それは大抵無意識的に起こるわけですから、

コントロールはもちろん、反応に気づくことすらできないかもしれません。

だからこそユング派では、分析家になるまでに何百時間も自らのこころのトレーニング(教育分析)を

受けることが必須となっているのです。


私自身を振り返ると、まだまだ「何もしない」ことを徹底できてはいません。

「余計なことを言ってしまったかも」と、あとで振り返って反省することもしばしばです。

ただ時に、その「余計なこと」が、カウンセリングで有効に働くことがあるのだと感じる時もあります。

だから、カウンセリングとは「生き物」だと。

何が絶対に良くて何が絶対に悪いかと、簡単に決めつけられるものではないのだとも思います。

でも、基本は必要なわけで、その基本はやはり「何もしないこと」なんですね。


カウンセリングもコーチングも、生身の人間同士の真剣な対話です。

そこでは、重ねていくうちに、二人の間に「見えない関係」(布置)も作られてきます。

そうすると、不思議なことが起こり始めたりすることもあって、本当に「おもしろいなー」と感じますし、

見えないこころの世界への関心は益々深まります。


自ら生きることの意味を求めて苦闘し、解決への努力を払っていないで、

どうして他人の生きることの意味を見出す仕事に役立てることができようか

                                     (河合隼雄)
常に肝に銘じておきたい思っている言葉です。



次回は、なぜ「何もしないこと」が大切なのかについて書いてみたいと思います。


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真剣に向き合い、必要なサポートをしっかりと行いながら、基本は「何もしない」

どこか子育てにも通じる気がしますね。 


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